A foolish man's view of hobbies

ご無沙汰しております。18日目担当のぬーと申します。

なんの捻りもない英語って痛いですよね、一種のかもふr...(長くなるのでry

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引き続き上記の企画に参加させていただかせており、心に移りゆくよしなしことをそこはかとなく書き綴ろうと思います。

超長文かつ乱筆乱文の程ご容赦くださいませ。

 

最初、今回はゲームだとか趣味について語ろうと思いました。

しかし自分も現在多感な時期です故、今でしか書けない黒歴史の一つでも残そうかと思い至り、今回は逆に自分自身、個人の趣味に対する考えについて語ります。

 

趣味について振り返ると、僕は中学受験して環境が大きく変わったことから多くの人と接するため僕は多くの趣味を持とうと思いました。色々な文献やインターネットを通し当時部活で行っていたテニス以外にも音楽や漫画・アニメ、アーケードゲームに関心を持ち多くの時間をそれらに費やしました。

その後やがて将来について考え始めたとき、今と同様多くの時間をそれらに費やしたいと考え消費者としてでなく生産者となる方法を模索しました。

 

今思えばとても安直で愚鈍だとは思いますがそーゆー所が案外自分らしさというものかもしれないと時々初心を忘れそうなときに帰る拠り所でもあります。

それました、

 

将来についてそのように考えていると自分のこの考えというのは世間ではとても少数であり、かつ受け入れられ難いものなのだと感じ、世間一般の趣味とのジレンマに悩みました。それは今も続いており情けない限りでございます。

おそらく趣味というものは一般には息抜きや休暇の一環としてあげられることが多く、そればかりに執着したりこだわる人というのは稀で、良しとしてない場面もあります。

 

僕自身が思う趣味というのは息抜きとして用いられることだけでなく、自分を表現できる数少ない場、そしてその純粋な自分と他者との交流の場だと思っています。それを昇華させていくことは自己実現へとつながりマズローの五大欲求を引用するなら最も高次の欲求にあたります。

人間は趣味で生きているとは思いませんが、何かを媒介に自分を表現しそれを追求することに僕は高い価値を望んでいます。なので趣味でなく仕事や私生活でそのような機会はあるので見逃さないように心がけてゆき、そこからもう一度振り返ることも今の執着しすぎている自分には必要なのかもしれません。

またそれました。

ここまでの内容を総括するならば趣味とは純粋な自分を表現する場であり、それを昇華させることは高い価値を持っていると考えています。

 

しかしながら未だ趣味という概念については定まらずその扱いも心得ておりません。これからも苦しめられることでしょう。少なくともなんでこんなことをここに書いたのか既に後悔しています。

それでもこれを記すのはきっといつか答えが出る日が来るのを願っていて、その時に笑っていて欲しいからだと思います。悩むのも程々に忍ぶ力を身についているといいですね。実際このほかにも色んなことに悩み追われ苦しんでいて続きも色々考えましたがやめておきます。

既にですが、もうなんか誰に向けて書いているのやらという始末ですので。

ただここまでこんな駄文に付き合ってくださった方がいたなら心から感謝いたします。そしてもし何か考えるきっかけになれたのならこれ以上ない幸せです。

ではまたいつか、違う形で会えるといいですね。